突っ込みどころ満載の労災裁判-5

コラム — タグ: — 2016年8月7日6:39 PM
 チョコレートの販売会社で直販店の店舗管理、在庫管理などを担当していた若手社員が、過重労働によりうつ病にかかり自殺してしまったのですが、死亡直前2ヵ月の残業時間は172時間と186時間でした。この痛ましい事件に対してご両親が原告となって会社や社長らに損害賠償を請求する訴えを起こしました。その判決文を読んで、被告会社が主張(反論)した内容について突っ込みを入れてきましたが、今回が最終回で、過失相殺のことについてです。

 それでは見ていきましょう。

  1.  「D(死亡した社員)のミスについては、被害者の過失として斟酌されるべきである。」(被告らの主張)ウ

     この裁判は、原告が被告らに、損害を金銭によって賠償しろと訴えている事件なので、被告は、賠償金額を少しでも減らしたいと(できれば全く払わずに済ませたい)いろいろと主張(反論)しているわけです。

     皆様もご存知のとおり、自動車事故の損害賠償などで過失相殺という言葉が使われます。たとえば、車対車の衝突事故で、ぶつけた側もぶつけられた側にもそれぞれ過失があり、どちらか一方が100%悪いということはなかなかありません。お互いの過失の割合によって損害の負担の割合も決まるわけです。

     今回の裁判でも被告会社やその社長らは、Dが亡くなったことについては、D自身にも責任があるのだから、100%被告の責任ということにはならないと主張しています。具体的には2つの点を上げています。

     一つ目が、被告会社E(Dの出向先であるチョコレートの販売会社)の社長FがDの業務量を減らすために、社長Fが自らその仕事の一部を引き取ることを提案したのだが、Dはそれを断ったこと。
     二つ目は、Dが亡くなる直前の2ヵ月間超長時間残業した理由は、D自身が犯した仕事上のミスが原因で起きたトラブルの処理のためであること。

     これに対して原告は、以下のように反論しています。
    1番目のFによる支援の申し出はメールで通知してきただけである。このメール一本だけで、会社が支援したことにはならないといっています。どこの会社でも社長が仕事を替わってくれると言ってくれたからといって、「じゃあお願いします。」などとは言えないのが普通であり、私もおおむねこちらの主張に沿った考えを持っています。社長との関係がよほど親密か、十分な信頼関係ができていなければ、おいそれと「お願いします」、という気持ちにはならないでしょう。

     2番目のD自身のミスによるトラブル発生が超長時間の原因だということに対して、実はDが依頼していた委託業者が犯したミスが全体の8、9割である。Dにミスが発生したのも長時間の過重労働をさせた会社の責任だ、と言っています。

    皆さんはこの主張の食い違いどのように思われますか?

     私は最初、どちらの言い分にも一理あるな、と思っていましたが、繰り返して読んでいるうちに、なんとかして原告が有利になるためには、多少無理やりでもいいから、どのような主張ができるだろうかと考えてみました。
    そもそも論ですが、仕事は会社の指揮命令を受けてするものですから、1番目の社長からの支援申し出については、Dが断ろうと遠慮しようと、会社が本気でDの仕事量を減らそうと思えば、会社(実質はF)が、その仕事はFに引継ぎなさいと命令すればよいわけです。何のために会社に人事権が認められているかといえば、会社は儲かるために最善と思われることをしなければならないので、業務量が多すぎてたくさんのミスが出て会社の売り上げにマイナスになるようなら、社員の業務量の調整は会社が命令してもやるべきことなはずです。そして、同時に社員の健康保持について配慮する義務もあるわけです。Dの積極性を損ねるとか何とか言っている暇はないはずで、FはDに対して強引に業務命令を下すべきだったのにそれをしかったのだから、やはり会社や社長の責任は免れないのでないかと思います。

     2番目のDのミスによるトラブルによる超長時間残業ですが、会社としては人を雇い、会社の利益になるように命令して働かせている以上、トラブルが誰の責任かを問うよりも、長時間勤務が継続していることをまず認識してその原因を取り除くように支援していくべきであると考えるので、特に上司や会社は社員が起こしたトラブルに「自己責任」の4文字を当てはめてはいけないと思います。
    人材育成や経験を積ませる目的で後処理をさせるのはかまいませんが、どこかで支援の手を差し伸べなくては会社運営がスムーズに行きません。会社が本気で、Dや委託業者のミスによるトラブルでDが多忙になったのだから会社に責任はないと考えているなら、無責任極まりないといいたくなります。

     裁判所は判決文の中で、(4)過失相殺として項目を設けて、会社の主張を全面的に否定しています。つまり、1番目、2番目のDの行動は過失相殺すべき場合にあたらないといっています。

     少し話がそれますが、病気(たとえばうつ病)を隠してハードに仕事をしていて、病状が悪化してしまった場合に、会社の責任を問えるかという大きな問題があります。会社としては、前もって言ってくれれば、それなりの対応はできたのに、知らなかったのだから責任はないと言うでしょうし、社員にしてみれば、病気のことを会社に言えば、最悪の場合には解雇されるかもしれないし、そうでなくても不利な状況に追い込まれるから言い出せないという状況もあるでしょう。大変悩ましいことです。
    現在差し戻し控訴審で争われている東芝うつ病事件(H28年8月31日付の判決が確定しています。)もそうした状況がありました。それでも裁判所は、社員の体調の変化を見逃した会社に責任があると言っています。

     しかしながら、たとえ裁判所が会社の責任を認めてくれても、病気になって、あるいは病気が悪くなって本人や家族が苦しんだこと、それによって失ってしまった時間は責任の所在が明らかになっても戻ってきませんし、金銭をもらったからといってそれで解決できるほど単純なものでもありません。せいぜい、第2、第3の被害者を出さないように会社に組織改革をさせるよう促すことくらいしかできません。ですから、まずは、自分の身は自分で守ることを第一に心がけてください。

     もし、このブログを読んで下さっている方が似たような状況にあるなら、苦しくなったら誰かに話してみましょう。答えが見つからなくても気持ちが落ち着くだけでもずいぶん楽になるはずです。


 最高裁判所のサイトから判決文が削除されているようです。ほかの判例検索サービス(LexisやWestlawやD-1)には掲載があるかもしれません(H29/11/18現在 Westlawにはありました)。
検索する場合には下記の裁判データをキーワードにすると見つけやすいと思います。
裁判年月日 平成28年3月16日 裁判所名 東京地方裁判所 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)1985号・平26(ワ)22614号
事件名 損害賠償請求事件
上訴等 確定

また、こちらのサイトにも全文が載っています。