監督官から「わかりました。残業代未払いと解雇予告手当未払いの申告を受理します。このあとは担当者が決まったら川崎さんに連絡します。」との言質をもらって帰ってきました。当方の主張は全部聞いてもらうことができましたし、法律違反の部分が確認できれば、是正するよう指導するということです。川崎さんも、会社が解雇予告手当を払えば、それ以上の請求はしないと言っていました。
これは、当然と言えば当然のことなのですが、労働基準監督署は、あくまでも社員と会社の双方から事情を聞いて、労基法などの法律違反の事実が本当にあるのなら是正するように勧告するという姿勢です。片方(ほとんどの場合は労働者)からだけの言い分で、事態を判断することはしません。 こうした場合に、よく監督官から、「会社の言い分も聞いてみなければわからないので、確認してみます。」と言われます。我々はどうしても労基署は労働者の味方、的なイメージを持ってしまいがちですから、”どうして?” と思ってしまいますが、労働基準監督署は中立的な立場で、事実を元に判断し行動してくれる組織であることを忘れないようにしましょう。そうしないと、労基署は何にもしてくれないとか、会社の言い分ばっかり聞いて信頼できないなどという意見に引きずられて、監督官を非難することになってしまいます。労働基準監督署を非難しても、利益になることは何もありません。自分の意見や事態を正しく理解してもらえるように、事実関係を整理しておきましょう。
労基署に申告した2日後、川崎さんから電話があり、労基署の担当者から連絡があったとのことでした。
なんと、会社は、解雇予告手当除外認定の申請をしたとのことです
この認定作業が終わるまでは、解雇予告手当の支払いを指導できないとのことです。
解雇予告手当除外認定というのは、労働基準法20条に規定されているもので、労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合には、行政官庁(ここでは労働基準監督署)の認定を受ければ、解雇予告手当を払わずに即時解雇できるというものです。つまり、懲戒解雇のような場合にこの規定が使えるというわけです。
それにしても、解雇予告手当を払わず即時解雇して、あとから除外認定の申請をするのはルール違反?と思いますが、実は、解雇予告手当除外認定の申請は、即時解雇したあとで申請してもよいのです。川崎さんを懲戒解雇した会社もこの手法を使ってきました。あくまでも解雇予告手当は払わないというかたくなな姿勢です。
こうなったら、仕方がありません、労基署が認定しないように祈るだけです。ここはおとなしく待つより他にありません。下手に会社を刺激しても、事態を悪化させるだけです。
でも、見方を変えれば、会社は、川崎さんを解雇したことを公式に認めたことになりますから、今後の対策がたてやすくなります。川崎さんの場合は、社長から口頭でクビだと言われただけで、解雇通知書はもらっていませんでしたから、監督官が調査のために訪ねたときに、社長が応対したりすると、「懲戒解雇なんかしてない、あいつは勝手に辞めたんだから自己都合退職だ。だから解雇予告手当も払っていない。」などと言い出しかねない危険性もあったのです。そのようなことがあるのかと思われるかも知れませんが、世の中にはいろいろな会社、社長がいますので何が起こるかわかりません。もしこうした主張をされると、お互いの言い分が全く食い違っているということで、労基署としても判断をつけられないことになる可能性もあります。こちら側の予防策としては、解雇通知書をもらっておくことが、何より大事なことだといえます。川崎さんの場合は内容証明郵便を使って、退職証明書を請求しましたが、結局、会社は送ってきませんでした。
前にも書きましたが、労働基準法22条1項では、労働者は退職したあとでも、会社に、退職証明書の発行を請求することができるようになっています。また、この法律では、会社はそのような請求を受けたら「遅滞なく発行しなければならない。」と決められているので、発行を拒否することはできません。解雇による退職の場合は、解雇理由も書くように要求できますから、解雇通知書がなくても、退職後からでも同様の趣旨の書類を入手することができます。
10日ほどたって、また、川崎さんから電話があり、解雇予告手当の除外認定は認められなかったので、担当の監督官がこれから会社に連絡を取って、事情を調べに訪問するところだとのことでした。これでひとまず安心ですが、こちらにしてみれば無駄に10日も引き延ばされたという気がします。ちなみに除外認定申請は認められることがあるのか?と思いますが、ないことはないようです。
会社から、取りに来いとの連絡があったとのことで、行って受け取ってきたと川崎さんから電話がありました。社長は大変に怒っていて、「監督署になんか訴えやがって、雇ってやった恩を忘れたのか?!」と怒鳴っていたそうですが、全く法律を理解していないことの表れですね。川崎さんは言い返したりせず、粛々と手続きを済ませて現金を受け取って帰ってきたそうです。これが正解です。
このような具合で、何とか、川崎さんの最低限の法的権利は守られました。
解雇を通告されてから約1ヶ月での決着でした。これはかなり早い解決です。
ところで、そもそも、事の起こりは、会社のものを盗んだのか、盗まなかったのか、から始まっていたのですが、真相はどうだったのでしょうか?
この会社は毎年、取引先からいただいたお歳暮の品を、社員間で分けていたのだそうです。当日、机の上に品物が並べられ、各々ほしいものを取っていったのだそうですが、川崎さんは新入りだったので、遠慮していたところ、一番高そうな缶詰が最後に残ったので、みんなと一緒に部屋を出たあと、部屋に戻って、それをいくつかもらって帰ったそうです。
「それがいけなかったらしい。オレは、他の連中から嫌われていたみたいなので、告げ口されたのかも知れない。」と言っていました。
でも、それって盗んだことになるんでしょうか? いまだに私は悩んでいます。