突っ込みどころ満載の労災裁判-4

コラム — タグ: — 2016年8月5日1:54 PM
チョコレート製造販売会社で直販店の店舗管理、在庫管理などを担当していた若手社員が、過重労働によりうつ病にかかり平成23年12月28日に自殺してしまったことについて、ご両親が原告となって会社の責任を争った裁判で、被告(会社)がどのように反論していたかについて見ていきたいと思います。
前回に引き続いてさらに被告の主張の続きを見たいと思います。前回同様、ページ数は、判決文PDFのページ番号です。

  1. 「コールセンター時代の残業は、Dが業務上の必要がないのに自らの意思で担当業務とは別の業務を手伝っていたので、被告Cは残業を抑制するよう注意指導していた。」9ページ目下段イ-(ウ

     これも会社がよく使う弁明の手法です。つまり、社員が本来ならやらなくてよい仕事を勝手にしていたのだから、これは仕事ではないのでその時間に対する賃金(通常は残業代)は払わない、というものです。確かに、そう言われればそのとおりかもしれないと思ってしまいますが、そんなに簡単なことではありません。
     時代遅れの考え方だとご指摘を受けそうですが、労働基準法の中では、働くということは会社の指揮命令を受けてその仕事をこなすことと考えられています。これは、昔の工場の生産ラインで働く人を想定しているといわれていて、決められた仕事を決められた時間こなすことで給料がもらえるということでした。残業も、会社が「今日は1時間残業」と命令してそれにその生産ラインの全員が従って残業したわけです。私も今から40年ほど前、夏休みに電気製品の生産工場でバイトしたことがありますが、残業は上司が決めていました。そのときは、私にも「今日は1時間残ってくれ。いいね?」といわれたのを思い出しました。労基法の中では労働に対する給料の支払い基準は労働時間が基本となっているのです。これが一番客観的で不公平がないからです。

     そうすると、「会社は残業を命令していない。勝手に残っていたのだから残業代の支払い義務はない。」とか、この被告会社のように、「業務上の必要がないのに自らの意思で別の仕事をしていた」という言い分が出てくるわけです。

     でも、ちょっと待ってください。ホワイトカラー(これも古い言い方ですがほかに思いつかないので)の場合には、上司から「この仕事を今日中にやっておくように」とは言われても「今日1時間残業しろ」とは言われないですよね?普通は、与えられた業務量が多すぎて定時に終わらなければ、上司から残業命令がなくても残業しても完成させることが多いかと思います。この場合も命令がないから残業にならないのでしょうか?

     そうではなくて、黙示の命令あるいは指示といいますが、今日中にと言われた時点で、定時に終わらなければ残業してでも完成させろという無言の残業命令が出ているという考え方です。ただ、こうした日時を指定されない場合でも、明確な期限が決まっている場合なども黙示の命令が認められます。たとえば、月報は月末の翌日朝9時に上司に渡すことが慣例となっている職場では、月末の日は当然残業して月報を作成しなければならないでしょう。
    これも黙示の命令であり、社員が勝手に残って作ったのだという言い分は通らないです。

     この裁判でも、裁判所は裁判所の判断という箇所では被告会社の主張を取り上げていません。むしろ、原則的には入退場時刻をそのまま労働時間と認定しています。

     サービス残業が大きな社会問題となって、未払い残業代が高騰してきていますので、会社も残業規制や労働時間削減に努力する一方で、命令していない残業には賃金を払わないという態度をとるところも出てきています。働く我々も、もちろん不必要な残業はしてはいけませんが、命令された上での残業はきちんと賃金を払ってもらうべきです。

     根底にあるのは、給料はあくまでもその人(社員全体で)が生み出した付加価値(あるいは利益)の一部と考えられているからです。そのようなことを言うと、ウチの会社もうかっていないから、という会社が出てきますが、仕入れ値よりも低い値段(つまりはじめから損して)で商品やサービスを売る会社があるでしょうか?営利企業である限りそのような会社が成り立つわけがありません。少なくとも原価に人件費などの諸経費や適正な利益を乗せて事業を継続することで、雇用を確保し、税金を納めているわけです。働くということはその会社の利益に貢献していることになるわけですから、その分け前としての給料を払ってもらわなければなりませんね。


 もう飽きましたか? あと1~2回でネタ切れです。また別の機会にほかの判決文でもやってみようと思います。

 最高裁判所のサイトから判決文が削除されているようです。ほかの判例検索サービス(LexisやWestlawやD-1)には掲載があるかもしれません(H29/11/18現在 Westlawにはありました)。
検索する場合には下記の裁判データをキーワードにすると見つけやすいと思います。
裁判年月日 平成28年3月16日 裁判所名 東京地方裁判所 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)1985号・平26(ワ)22614号
事件名 損害賠償請求事件
上訴等 確定

また、こちらのサイトにも全文が載っています。