突っ込みどころ満載の労災裁判-1

コラム — タグ: — 2016年7月23日6:49 PM
 平成28年3月16日に東京地裁で出た労災死亡事故に関連して会社が被告となった裁判の判決文を読んでいます。この裁判は、チョコレート製造販売会社で直販店の店舗管理、在庫管理などを担当していた若手社員が、過重労働によりうつ病にかかり平成23年12月28日に自殺してしまったことについて、会社の責任を争った裁判でした。死亡直前2ヵ月の残業時間は172時間と186時間でした。この会社の所定労働時間は162時間ということですから、この2ヵ月間は、2倍働いていたことになります。それ以前も100時間を越える残業をしていたとのことです。まことに痛ましい事件です。
   精神障害の労災認定については、発症の直近の1ヵ月の残業時間が160時間を越えていると、それだけで認定基準を満たしますので、このケースでも労災認定されています。

 そこで、ご両親が、息子がうつ病になり、その病気が悪化して自殺したのは。会社がこんなに長時間の残業をさせたからである。会社には労働者を雇って働かせている使用者として労働者の安全を確保する責任があるにもかかわらず、それを果たさなかったから、息子が死亡するという多大な損害が発生したので賠償を請求したというのがこの裁判です。このような過労自殺の事件ではリーディングケースとなった電通事件という裁判があります。今回の事件の状況も電通事件によく似ています。

 ところで、私はここで、この判決が妥当だとか、別の考え方があるとかといった評釈をしようとしているわけではありません。原告の言い分について裁判所がこの様な点を取り上げているとか、被告となった会社の反論に、的外れではないかと思うような突っ込みどころが結構あるので、これを取り上げて、働く人が勘違いしないように(あるいは会社に言いくるめられないように)注意したいと思います。

ちなみにこの判決文は最高裁判所のホームページからダウンロードできます。40ページもあるので、読み切るにはかなりの時間と忍耐力が必要ですが、チャレンジしたい方はこちらからどうぞ。
 最高裁判所のサイトから判決文が削除されているようです。ほかの判例検索サービス(LexisやWestlawやD-1)には掲載があるかもしれません(H29/11/18現在 Westlawにはありました)。
検索する場合には下記の裁判データをキーワードにすると見つけやすいと思います。
裁判年月日 平成28年3月16日 裁判所名 東京地方裁判所 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)1985号・平26(ワ)22614号
事件名 損害賠償請求事件
上訴等 確定

また、こちらのサイトにも全文が載っています。

 それでは見ていきましょう。なお、ページ数は、上記の判決文PDFのページ番号です。

まずは原告(死亡した社員のご両親)の主張から

  1. 「時間外労働は170時間05分であり」3ページ目下2-(2)
    労災認定の際に労働基準監督署の調査官が調査した結果このような時間が出てきたとのことです。
    上でも書きましたが、残業時間だけで170時間というのはとんでもなくすさまじい残業です。決して大げさに言っているのではではありません。もし皆さんも似たような状況だったら、しかもそれが続くようだったら、まずは自分で命を守る行動をとってください。具体的には1週間に1日は丸一日休む、寝る時間を十分取ることなどです。
     今回は労基署という公的な機関が残業時間を証明してくれましたが、もしそうではないときには、労働者(あるいは家族)が残業時間について証拠を出して証明しなければなりません。帰宅時刻をカレンダーに書いておくことや、会社を出たときに家族に連絡させるとか(Lineなどでもよい)、会社で使っているパソコンのログファイルを取っておくとかといった事前の準備が必要です。
  2. 「(うつ病)発症前の平成23年12月には当時の被告の集計で200時間もの極度の長時間に従事させ」5ページ目下イ-(ア)
    原告は、会社がこの社員が200時間もの残業をしていたデータを持っていたといっています。当然誰かが知っていたわけでしょうから、会社が何も対策をしないで放置していたとしたら、責任は重大だといえます。

  3. 「恒常的に月100時間を超える長時間時間外労働を余儀なくされ」6ページ目上3-イ-(イ) 
     1ヵ月に100時間を超える残業というのも心身に大きな負荷のかかる過重労働です。平成17年9月にマネージャーになってから時間外労働が増えたとのことなので、この昇進に伴って月に100時間もの残業をするようになり、それが原因でうつ病等を発症したとなると労災認定基準を満たします。労災認定されても、労災から出るのは治療費や給与補償など実費負担だけですから、最低限の補償がされるだけのことです。自分の身は自分で守ることを第一に考えましょう。

  4. 「平成23年10月16日から亡くなるまでD(死亡した社員)は休日を取得することなく連続勤務している。」7ページ目中段 
     亡くなるまでの2ヵ月半、1日も休みなく会社に来て働いていたということです。労基法では、会社に対して、社員を7日(1週間)ぶっ通しで働かせてはいけないと決めています。法定休日という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、これは7日間の中に必ず最低1日は入れなければならない休日のことです。だから「法定」という言葉がついているのです。このブログを読んで下さっている方の中にも、「それくらいやってるよ」という状態があるかもしれません。でも、心身は極度の疲労状態にあるはずなので、今すぐに休みを取って下さい。

  5. 「平成23年11月に退職届をG(上司)に提出したことがあったが叱責された。」7ページ目中段 
     ご両親にしてみれば、あのとき無理にでも辞めさせておけば良かったと思われているかもしれません。この社員のような正社員(期間の定めのない労働契約)の場合には退職届を出せば、会社が認めないといったとしても2週間たてば、退職は成立します。(民法627条)退職する自由は守られなければならないので、会社が辞めさせないということはできません。この事件では、会社は慰留し、この社員も同意したといっているようですので、退職届を撤回したのかもしれませんが、あとで裁判所の判断が出てきますので詳しくはそちらで。

  6.   
  7. 「時間外労働手当てとして原告Aに対する146万7671円」2ページ目下第2-1
     ページが前後してすみません。ここでは、ご両親が、それぞれに、亡くなった社員が受け取るはずだった残業代の請求をしています。実は、この社員は死亡当事マネージャーだったので、残業代は出ないというのが会社の言い分なのですが、いわゆる名ばかり管理職だったかどうかがこの裁判でも争われています。
被告の反論に対する突っ込みは次のブログで見ていきます。